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東京地方裁判所 平成9年(ヨ)21200号 決定 1998年1月07日

債権者

安田紀子

右代理人弁護士

志村新

君和田伸仁

穂積剛

債務者

ナショナル・ウエストミンスター・バンク・パブリック・リミテッド・カンパニー(ナショナル・ウエストミンスター銀行)

日本における代表者

ロバート・ジョン・ウィンザー

右代理人弁護士

福井富男

内藤潤

右復代理人弁護士

今和泉学

主文

一  債務者は、債権者に対し、平成一〇年一月から同年一二月まで、毎月一八日(当日が銀行の非営業日に当たるときは直前の営業日)限り六〇万円及び同年六月及び同年一二月の各末日限り五〇万円を仮に支払え。

二  債権者のその余の申立てを却下する。

三  申立費用は、これを二分し、その一を債権者の負担とし、その余を債務者の負担とする。

理由

第一申立て

一  債権者が、債務者に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  債務者は、債権者に対し、平成九年一〇月から本案判決確定に至るまで毎月一八日(当日が銀行の非営業日にあたるときは直前の営業日)限り六八万八七八〇円及び同年以降毎年一二月及び六月の各末日限り一九〇万二九八〇円を仮に支払え。

第二事案の概要

本件は、経営方針転換による特定部所廃止の結果担当業務が消滅し、余剰人員となったため、債務者から、平成九年九月一日付け文書により同月末日付けで解雇する旨の解雇予告の意思表示(以下「本件解雇予告」という。)を受けた債権者が、本件解雇予告による解雇(以下「本件解雇」という。)は、普通解雇事由を定めた債務者就業規則(債務者就業規則を、以下「就業規則」という。)二九条に基づかずになされたもので無効であること及び同条以外の解雇が理論上可能であるとしても、解雇権濫用で無効であることを主張し、賃金仮払等を求めた事案である。

二(ママ) 争点

1  就業規則二九条に基づかない普通解雇の可否。

2  本件解雇が権利濫用か否か。

3  保全の必要性の有無。

三(ママ) 当事者の主張

1  争点1(就業規則二九条に基づかない普通解雇の可否)について

(債権者)

就業規則二九条は、普通解雇について定めた規定であり、従業員に対する普通解雇事由を限定列挙した趣旨の規定である。したがって、同条に定めた事由以外を理由とする解雇は許されない。

(債務者)

就業規則二九条は、二八条の規定を受けて、具体的な懲戒解雇事由を定めた趣旨の規定である。したがって、普通解雇については同条による制約を受けず、就業規則一条により、労働基準法またはその他の関係法令を根拠として行うことが可能である。

2  争点2(本件解雇が権利濫用か否か)について

(債権者)

本件解雇が権利濫用か否かについては、整理解雇における有効性判断の要件として判例法理上確立された<1>人員整理を不可避とする経営危機の存在、<2>解雇回避の努力を尽くしたこと、<3>被解雇者の選定基準及びその具体的適用の合理性、<4>人員整理及び整理解雇について労働者・労働組合との協議を尽くしたこと、の四要件を検討して判断するのが妥当である。本件解雇は、そもそも一定の人員を整理しなければならないほどの経営危機の存在を理由とするものではなく、解雇回避努力も全く行われておらず、合理性のある客観的人選基準も設けられておらず、債権者及び労働組合との協議も尽くしていないのであって、前記要件を全く充たしていないから権利濫用で無効である。

(債務者)

本件解雇は、債権者の担当業務がなくなり、債権者の事情を配慮した代替の雇用機会を提供したにもかかわらず、債権者がこれを拒否したためやむを得ず行ったものであり、解雇権の濫用には当たらない。

3  争点3(保全の必要性の有無)について

(債権者)

債権者は、債務者から支給される賃金を唯一の収入として病気の母親とともに生活しており、貯蓄もなく、毎月の住宅ローンの返済を抱えている中で、債務者からの賃金支給がなければ日々の生活がたちどころに行き詰まるものであるから、保全の必要性がある。

(債務者)

債務者は債権者の銀行口座に退職金一八七〇万三二七一円を振込送金しており、債権者は、これを給与等の支払いとしてではあるが、受領する意思を明らかにしているから、保全の必要性がない。

第三当裁判所の判断

一  争点1(就業規則二九条に基づかない普通解雇の可否)について

1  (証拠略)(就業規則)及び(証拠略)(債務者給与規則(以下「給与規則」という。))によれば、以下のとおり認められる。

(一) 就業規則は全九章(各章の表題は、順に「総則」「一般規定」「人事管理」「雇用条件」「休暇・特別休暇その他の休日」「給与その他の報酬」「懲戒、解雇及び退職」「保健衛生」「補則」である。)で構成され、第七章「懲戒、解雇及び退職」の中に、「第二八条懲戒」「第二九条 解雇」「第三〇条退職」の三か条が存在する。就業規則上の解雇関連規定としては、以下の規定がある。

第一条目的

本就業規則(以下「本規則」という。)は、ナショナル・ウエストミンスター・バンク・リミテッド東京支店(以下「当行」という。)の行員のためにその基本的な労働条件を規定したものである。本規則に定めのない事項について疑義が生じた場合または本規則と労働基準法またはその他の関係法令とが抵触する場合は、労働基準法またはその他の関係法令を適用する。

第四条行員の責任

行員は各々、常に当行の高い水準及び名声を堅持しうるような行動をとることを期待されている。行員は各々、本規則をはじめ当行のあらゆる規則及び細則を遵守し、また同僚と協力し上司及び当行役職員からの指示と助言に従い定められた自己の責務を迅速に全うしなければならない。当行は、業務を能率的に遂行し、且つ、行員の能力を十分に生かすため、任意に行員の責務を変更することができる。

第五条行員の行動

行員は、当行またはその役職員の名声または利益を損うような行動を避けるべく良識を発揮することを期待されている。いかなる行員も、職務上知り得たまたは入手し得た当行、その業務または顧客に関する情報または書類を、自己の利益のために用い、または他人に漏らしてはならない。行員は、あらかじめ総支配人(Chief Manager In Japan)またはその代理から書面による承認を得た場合を除き、定められた責務を遂行するとき以外に当行の名称または自己の職名もしくは地位を使用しないものとする。

第一四条試用期間

雇用当初の六ヵ月間は試用期間とする。

試用中の行員は、一四日間以上継続して雇用されなかった場合、当行は、通知なしで、または実労働時間数に対する支払い以外に何ら支払うことなく、または何らの理由をも公表することなくいつでもこれを解雇することができる。試用中の行員は、試用期間中いつでもまたは当該期間の終了時に、当行からその勤務状態が適当でないとみなされたときは、当行は、本規則第二九条に定める手続に従い、これを解雇することができる。

(三項以下、省略。)

第二八条懲戒

当行は、当行の判断により当行の規則に違反したとみなされ、または職務怠慢であるとみなされた行員を、その程度に応じ懲戒、減給または解雇の処分に付すことがある。懲戒または減給処分の場合、当該行員は始末書を提出しなければならない。故意または重大な過失により当行の財産に損害を与えた者は、加えて、かかる損害につきその全部または一部に対する損害賠償金を支払わなければならない。

行員は、遅刻その他勤務時間中の欠務をなしたときは、減給処分を免かれないであろう。かかる減給分は、一か月毎における欠務時間数の合計に基づき基本時間給の料率により計算する。三〇分未満の端数は切り捨てる。

第二九条解雇

行員は、次の各号のいずれかにあてはまる場合には、解雇されることがある。

1  本就業規則及び当行が随時適用するその他の労働条件に連続して違反した場合。

2  本就業規則第四条、第五条及び第六条の規定または今後の就業規則中の類似する規則を遵守しなかった場合。

3  試用中の行員が当行の業務に適しないと判断された場合。

4  当行の資金または証券の盗用、当行の帳簿への不正記入及び当行に関係する窃盗または詐欺行為に類するような行為。

5  行員が当行の名声を損い、または不正行為もしくは一般に認められている道徳上の慣習に反する行為をなした場合。

6  故意に当行の建物または資産に損害を与えたとき。

7  故意に他の行員または当行内にいる第三者に負傷または傷害を負わせたとき。

8  上司の指示に従わないとき。

9  故意に業務能率または業務の遂行を妨げたとき。

10  自己の職務に関連して個人的な手数料、賄賂または謝礼を受け取ったとき。

11  上記に類似する行為をなしたとき。

当該行員が即時解雇処分に付される第四項、第五項、第六項、第七項及び第一〇項の場合を除き、解雇については当行側が書面で三〇日前の予告を行うことを要する。当行はその自由裁量により当該解雇の予告期間の終了までの間有給就業停止処分に付することがある。

第三〇条退職

行員が何らかの理由で当行を退職しようとするときは、当行に書面で一か月の予告を行わなければならない。

行員の通常の停年退職年齢は六〇歳とする。ある場合には、行員の停年退職年齢は行員と当行との協議及び契約により延期することもある。退職には次の場合が含まれる。

1  停年退職年齢での勤務終了。

2  当行が承認する例外的事由による辞職。

3  当行での雇用期間中における行員の死亡。

4  長期疾病による「給与規則」第一〇条による解雇。

5  結婚による女子従業員の退職。

(二) 給与規則第四章「退職手当」の中には、次の規定がある。

第一四条正規外退職

一、二項省略

就業規則第二九条解雇に基づき当行より解雇された行員は退職手当を受けることができない。

2 以上の各規定を前提に、就業規則第二九条の趣旨につき検討する。

債権者は、二九条が普通解雇事由を定めた規定であるとし、その根拠として、<1>二九条一項三号は明らかに普通解雇の場合を定めた規定であること、<2>就業規則第七章は「懲戒、解雇及び退職」の三つの事項を規定しているところ、二八条が懲戒解雇を含む懲戒事由を、二九条が懲戒解雇以外の普通解雇事由を、そして三〇条が解雇以外による退職事由を掲げた規定であると理解するのが素直な解釈であることを挙げる。

そこで検討するに、就業規則二九条一項三号は、一四条二項とも関連しており、試用期間の性質及び右両規定の内容からすれば、就業規則二九条一項三号は、普通解雇事由の存する試用期間中の従業員に対する解雇を当然に予定した規定であると理解できる。しかし、他方、就業規則二九条のうち、四号、五号、六号、七号及び一〇号については、いずれも従業員の明白な企業秩序違反行為と認められる事由が内容とされていること、同条二項は、右各号の事由が生じた場合には即時解雇処分に付するとしていること及び給与規則一四条三項が、右各号等による解雇の場合を、退職手当の支給対象から外していることからすれば、右各号はいずれも懲戒解雇事由の趣旨で掲げられた規定であると理解するのが素直な解釈であると思われる。また、このように就業規則二九条が普通解雇の場合と懲戒解雇の場合とを混在させていることや、就業規則三〇条が、三項四号において解雇の場合について規定していて、やはり解雇以外の理由による退職の場合と、解雇による退職の場合とを混在させていることからすれば、就業規則が二八条において懲戒解雇を含む懲戒事由を、二九条において懲戒解雇以外の普通解雇事由を、そして三〇条において解雇以外の理由による退職の場合を定めていると理解することは困難である。さらに、これらの点に加え、給与規則一四条三項が、就業規則二九条による解雇の場合を一括して退職金支給対象から除外していることに着目すれば、右二九条は懲戒解雇と普通解雇とを特に区別せず、解雇による退職で退職金が支給されない場合のみを規定する趣旨で設けられたものに過ぎず、普通解雇事由を限定する趣旨までをも含むものではないと理解することも可能と思われる。

以上からすれば、就業規則二九条が普通解雇事由を限定列挙した規定であるとは直ちに理解できず、他にこれを疎明する資料もない。

3 そうすると、就業規則二九条に基づかない普通解雇も可能であると解される。

二  争点2(本件解雇が権利濫用か否か)について

1  後掲の各疎明資料、当事者間に争いのない事実及び審尋の全趣旨を総合すれば、以下の事実が一応認められる。

(一) 当事者

(1) 債務者は、昭和四三年、英国法に準拠して設立された銀行業務等を目的とする会社であり、東京都中央区<以下略>に日本における営業所(以下「東京支店」という。)を設置している。平成九年八月三一日時点における東京支店の従業員数は一〇九名である。

(2) 債権者は、昭和五八年六月、債務者と雇用契約を締結し、東京支店において勤務してきた。

(二) 本件解雇予告に至る経緯

(1) 債務者は、金融、為替取引、証券、投資顧問業務等を営む複数の業務部門によって構成されるナットウエスト・グループに属しており、アジアにおいては、東京、香港、シンガポール及びソウルの四つの支店を設置し、業務を展開したきた。(<証拠略>)

(2) ナットウエスト・グループは、限られた人員や資源を従前どおりの幅広い業務に分散していたのでは、近年の激しく変動する国際金融情勢に対応し、厳しい業界の競争の中で生き残ることができないと考え、今後、主として投資銀行関連業務を強化していくことに方針転換した。そして、平成九年三月、アジアの各支店において従来行ってきた伝統的貿易金融業務を他の銀行に移管するとともに、これらの業務を行ってきたグローバル・トレード・バンキング・サービス(略称GTBS。以下「GTBS」という。)アジア・パシフィックを、平成九年六月末日をもって廃止することを決定した。(<証拠略>)

(3) 右決定当時、東京支店のGTBSアジア・パシフィック担当部門であるトレード・ファイナンスには、債権者を含む三名の従業員が所属していた。債権者は、そこのアシスタント・マネージャーの立場にあり、当時の年間基本給及び賞与の合計額は一〇五二万二三六〇円であった。(<証拠略>)

(4) 債務者は、トレード・ファイナンスに所属する従業員全員に対し、右部門閉鎖を理由に退職勧奨をなすようになり、債権者を除く二名は平成九年六月までに退職した。(<証拠略>)

(5) 債務者は、債権者に対し、平成九年四月一四日付け文書により、再就職活動の援助や、特別退職手当等の特別条件を提示し、退職を勧奨したが、債権者は右退職勧奨に応じなかった。(<証拠略>)

(6) 債務者は、平成九年五月一三日付け文書により、債権者に対し、債務者が債権者に与えることのできる仕事は一般事務職であり、その場合、債権者の賃金は従来の水準より低いものとなるとし、右の条件に基づく雇用の継続と、前記特別条件による退職のうちのいずれかを選択するよう求めた。(<証拠略>)

(7) 債権者は、債務者に対し、退職の意思はないこと及び今後の労働条件の決定については、債権者の所属するナショナル・ウェストミンスター銀行東京支店従業員組合(以下「組合」という。)と債務者との交渉に委ねることを明らかにした。

(8) 債務者は、組合の申入れを受けて平成九年五月二九日に開催された団体交渉において、債権者のキャリアとアシスタント・マネージャーの地位に相応しい仕事は東京支店には見つからない旨を述べ、その後行われた同年六月五日及び同月二三日の団体交渉においても、同趣旨が繰り返された。(<証拠略>)

(9) GTBSアジア・パシフィック及びトレード・ファイナンスは、平成九年六月三〇日付けをもって閉鎖された。また、同日も、組合と債務者との間において債権者の処遇に関する団体交渉が開催された。(<証拠略>)

(10) 平成九年七月一〇日、債務者は債権者に対し、同日付け通知により、債務者としては債権者に対し、一般事務の仕事でそれに対応する減額した給与のパッケージか、あるいは他に職を見つけるサポートのためのファイナンシャル・パッケージのどちらかを提供できるだけであること、債権者は雇用継続を望んでいるので、債務者はファイナンシャル・コントロール・セクションにおける一般事務職(ナットウエスト・グループに属するナットウエスト・サービス会社東京支店に出向して行う業務。以下「経理課における一般事務職」という。)を用意すること、その場合の年間基本給は六五〇万円となるが、一年間に限り、給与補助として年間二〇〇万円の金員を支給することを提案し、組合に対しても同様の説明を行った。なお、後に債務者は債権者に対し、給与補助を行う期間を二年にするとの提案を行っている。(<証拠略>)

(11) 平成九年七月二三日の団体交渉において、債権者は組合との連名の文書をもって、債務者に対し、経理課における一般事務職の仕事は、不同意ではあるが、直ちにその仕事につく意思があること及び賃金切下げについては同意できないことを通知し、これに対し債務者は、賃金につき債務者側の提案を変える意思がないこと及び債権者が提示済みの条件での退職に応じるか、あるいは同じく提示済みの条件での経理課における一般事務職の仕事に就くかのいずれかを選択しなければ解雇になると述べた。(<証拠略>)

(12) その後、債務者は、「組合が態度を変えないのなら、やっても意味がない。」との理由で、組合からの団体交渉の申入れを拒絶した。(<証拠略>)

(13) 債務者は、平成九年七月三〇日付け文書により、債権者に対し、債権者の問題が全て解決するまでは、丁度良い仕事を債務者内に用意することができないので、同年八月一日から追って通知するまでの間、債権者に特別休暇を申渡すこと、右特別休暇の間、債務者は債権者に従来どおりの賃金を支払うが、債権者が出社する必要はなく、債務者が債権者に与える場所もないこと、債務者としては更に話し合いを続ける気持ちはあるものの、債務者が適当と判断する期間を超えて交渉を続けるつもりはないことを通知するとともに、口頭で、債権者に対し、私物を持ち帰るように指示した。(<証拠略>)

(14) 債権者は、平成九年八月一日以降、右の通知に従い、債務者に出勤せず自宅待機した。

(三) 本件解雇予告

債務者は、平成九年九月一日付け文書により、債権者に対し、同年九月三〇日付けをもって債権者との雇用契約を終了させるとの意思表示(本件解雇予告)をなすとともに、債権者が同年七月一〇日付け通知記載の条件の下での就労を応諾するのであれば、同年九月一二日までは受け付けるが、それ以降は本件解雇予告は撤回不能であるとの旨を通知した。本件解雇予告当時における債務者の経営状況は、人員削減が不可避なほどに経営が悪化していたものではない。(<証拠略>)

(四) 本件解雇予告後の状況

(1) 債権者は、平成九年九月八日付け文書により、債務者に対し、経理課における一般事務に就労する意思を有していることを伝えるとともに賃金については組合と債務者との協議の結果に従うとし、債務者が組合と協議を行うことを求めた。組合の申入れにより平成九年九月一〇日に開催された団体交渉において、組合が、債権者の賃金額につき、債務者提案にかかる年間基本給六五〇万円と現在の約一〇五〇万円との間で解決をはかろうとしたのに対し、債務者は賃金についての協議を拒否し、九月一日付け文書に提示された選択肢のどちらかを同月一二日までに選ばなければ同月三〇日付けで解雇する旨従来の姿勢を示した。(<証拠略>)

(2) 債権者は、平成九年九月一二日、債務者に対し、同日付け文書により、労働条件の不利益変更について争う権利を留保しつつ、債務者が同年七月一〇日付け文書等により示した提案のうち、職務・賃金等の労働条件を変更した上で債務者における勤務を続けることを選択することを通知し、同日、組合は、債務者に対し、同月一八日に団体交渉を開催することを申し入れた。(<証拠略>)

(3) 債務者は、平成九年九月一七日付け文書により、債権者に対し、同年七月一〇日付け文書に提示した一般事務職に就くことについて同年九月一二日までに債権者が無条件で応じなかったので、同月一日付け文書で述べたとおり債権者との雇用契約は同月三〇日付けで終了すること並びに今後の債権者及び組合との交渉を拒絶する旨を通知した。(<証拠略>)

(4) 平成九年九月三〇日、債権者に対する本件解雇の効力が発生した。

2  以上の事実関係に基づき、本件解雇の効力を検討する。

(一) 本件は、経営方針転換による特定部所廃止の結果、担当業務が消滅したため、余剰人員となった債権者を債務者が解雇した事案であり、いわゆる整理解雇の一類型に属するものと解される。そして、この場合における権利濫用性の有無については、判例上確立されている要件、すなわち、人員消滅の必要性、被解雇者選定の妥当性、人員削減の手段として整理解雇を選択することの必要性、手続の妥当性、の各要件を検討することにより判断するのが相当と考えられる(なお、債務者は、整理解雇に関する右の判例法理は、長期雇用システムという従来の日本の大企業において採用されてきた労使慣行を前提に発展してきたものであるから、新卒の社員を大量に雇用し、社内トレーニングにより必要な人材を長期に育成していくのではなく、基本的に知識と経験を有するスペシャリストを中途で採用し、個人の業績に応じた賃金を支給するという、長期雇用システムにおける人事政策とは正反対の人事政策が採られている債務者について、右判例法理をそのまま適用するべきではないと主張する。しかしながら、債務者は、英国法に準拠して設立されてはいるものの、大企業で、日本に東京支店を設置して営業活動を行っているものであるし、(証拠略)及び審尋の全趣旨によれば、債権者は中途採用者ではあるが、職種や役職を限定する約定もなく、一般事務職として債務者に入社し、社内トレーニングにより時間をかけて育成されてきたことが認められ、またその勤続年数は一四年という長期に及んでいるのであるから、債務者が右のとおり主張する整理解雇に関する判例法理適用のための基礎は、本件では基本的に存在するというべきであり、他に右適用が相当ではないことを認めるに足りる事情も存しないので、右判例法理を用いて判断することに支障はないと考える。)。

(二) そこで、右各要件について検討する。<1>まず、本件解雇予告は、債務者が経営方針の転換からトレード・ファイナンスを閉鎖した結果、同所に所属していた債権者が余剰人員となったために行われたものであり、債務者は、本件解雇予告当時、経営悪化に伴う人員削減が不可避な状況にあったものではない。<2>次に、債権者が解雇対象者とされたのは、同人が閉鎖される部所に所属していたためであるが、被解雇者についての選定基準も設定されず、多分に偶然性に左右され、しかも公平さを欠くかような被解雇者の選定方法が妥当であるとはいい難い(なお、この点につき債務者は、債務者の組織は、各々の分野のスペシャリストが集って形成されており、各ポジション間に代替性がないため、他の労働者の中から人選を行う余地が全くない旨を主張するが、疎明が不十分である。)。<3>また、人員削減の手段として整理解雇を選択することの必要性が存したといえるためには、その前提として、使用者が解雇回避の努力を尽くしたことが必要であり、右の努力を尽くしたか否かは具体的事案に応じて判断していくべきであるところ、本件では、経理課における一般事務職を代替職務として債権者に提供する方法で債務者による解雇回避措置がとられていたから、債務者が債権者の右職務の就任実現に向けて、真摯かつ合理的な努力を行ったか否かを中心に検討する。前記認定の事実関係によれば、債権者及び組合は、債権者の雇用継続を強く希望し、雇用問題を解決したいとの姿勢を強く打ち出していたのであるから、本件においては、債務者が、債権者及び組合に対し、債務者が現在の国際金融市場における厳しい競争状況の中に立たされていること及び企業において従業員の職務及び職責に応じた賃金水準を保つことの必要性等につき、債権者等の理解及び納得を得られるよう真剣な説明努力を行い、その上で債務者として可能な限りでの賃金額の譲歩を行うとともにその具体的提案を行う等の努力をしていたのであれば、それほどの期間を要せずして、賃金問題を解決し、債権者の経理課における一般事務職就任を実現させて本件解雇を回避できた可能性があったものと解される(なお、債務者は、さほど劣悪な経営状況にあったわけではないこと、自ら給与補助実施期間を二年にするとの提案をしたことがあったこと及び債務者において職務内容に応じた極めて厳格な賃金額決定方法が採られていたことについての疎明がないことからすれば、債務者は、賃金問題につき、なお何らかの歩み寄りの余地があったのではないかと思われる。)。しかしながら、債務者は、組合との団体交渉の実施に消極的である等債権者の右就任実現に向けての姿勢は総じて消極的であり(なお、<証拠略>(前掲の債務者の債権者に対する平成九年九月一七日付け文書)には、「最近の団体交渉の場でも明確にしてありますが、基本給は上げられないけれども銀行としては補助金に関する組合と貴方からのどんな提案でも聞くつもりでした。」との記載部分が存するが、他の疎明資料及び審尋の全趣旨に照らし、債務者から債権者に対し、このような提案が実際になされたとは認められない。)、逆に本件解雇の実現についての債務者の態度は、組合との団体交渉継続中に本件解雇予告を行っていること、本件解雇予告を受けた後、債権者及び組合が、争う権利を留保しつつ債務者提案にかかる職務・賃金等の労働条件を変更した上での勤務を続けたい旨を表明したり、団体交渉を申入れることにより、本件解雇を阻止して雇用継続をはかろうとしていたのにこれらを受け入れず、平成九年九月一二日より後の交渉を一切拒絶して本件解雇の効力を発生させたこと等からして、積極的であると評価できる上、債権者等が賃金について譲歩の態度を強く示した平成九年九月一二日の段階から、本件解雇の効力が発生する同月三〇日までの期間は、妥結の可能性が高い時期であったと思われるのに、債務者は、当初示した応諾期限を堅持し、右のとおり同月一二日より後の交渉を一切拒絶することにより、その機会を喪失させているのである。以上からすれば、債務者が、債権者の代替職務の就労実現に向け、また債権者の解雇を回避するために、真摯かつ合理的な努力を尽くしたとは認められない。したがって、債務者において、人員削減の手段として整理解雇を選択することの必要性が存在したとは認められない。<4>さらに、前記認定のとおりの交渉経緯に照らせば、債務者が、解雇の必要性やその時期及び方法等につき、債権者や組合との間において、誠意ある協議を行ったとは認められず、手続的妥当性にも欠けるものである。

(三) 以上からすれば、債務者の経営判断を尊重する立場から、債務者の企業経営上の人員削減の必要性を直ちに否定しないとしても、本件解雇は、被解雇者選定の妥当性、人員削減の手段として整理解雇を選択することの必要性及び手続の妥当性に欠けるため整理解雇の要件を充たしておらず、権利濫用であり、無効と認められる。

3  債権者の賃金請求権等について

右のとおり、本件解雇は無効で、債権者・債務者間の雇用契約は継続しているところ、債務者は、債権者に就労の意思及び能力が存するにもかかわらずその就労を拒絶しているものであるから、債権者には、債務者に対し、賃金等の支払いを求める権利がある。

そして、(証拠略)及び当事者間に争いのない事実を総合すると、債権者は債務者に対し、以下のとおりの賃金及び賞与の各支払請求権を有していることが認められる。

(一) 月例賃金

(1) 金額 合計六八万八七八〇円

(内訳)

<1> 基本給 五五万九七〇〇円

<2> 食事手当 二万円

<3> 住宅手当 一万三〇〇〇円

<4> 家族手当 二〇〇〇円

<5> 社会保険手当 五万九〇八〇円

<6> 通勤手当 三万五〇〇〇円

合計 六八万八七八〇円

(2) 支払日 毎月一八日

但し、当日が銀行の非営業日に当たるときは直前の営業日。

(二) 賞与

(1) 金額 一九〇万二九八〇円

但し、基本給の三・四か月分

(2) 支払日 毎年六月及び一二月

三  争点3(保全の必要性の有無)について

1  (証拠略)によれば、債務者は、債権者の取引銀行の普通預金口座に退職金として一八七〇万三二七一円を送金したこと及び債権者が債務者に対し、債権者が右振込金を債務者から受けるべき同年一〇月分以降の賃金及び賞与に充当する可能性がある旨を記載した平成九年一〇月一三日付け内容証明郵便を送付したことが認められる。

そこで、右振込金が存在することから、債権者には保全の必要性が存しないといえるか否かについて検討すると、そもそも右振込金の性質は退職金であり、雇用関係が継続している債権者が受領できる金員ではないこと、また、(証拠略)及び審尋の全趣旨によれば、債権者は、自分が退職金たる右振込金を受領する立場にはないことを認識しており、基本的には右金員を受領する意思を有していないこと及び右内容証明郵便の前記記載部分は、本件仮処分申立てが却下される等の理由により、債権者がいよいよ経済的に困窮する事態に至った場合、手元にある右振込金を使用せざるを得なくなる可能性があることに触れたに過ぎないことが認められるから、右振込金の存在をもって債権者の保全の必要性が直ちになくなると解するのは相当ではなく、右振込金は、債権者の資産から除外して考えるのが相当である。

2  以上の観点から債権者の保全の必要性を検討する。

(証拠略)によれば、債権者は、債務者からの給与を唯一の生計の手段としており、預貯金等において特段の資産を有していないこと、債権者が扶養し、気管支喘息等の持病を有する六七歳の母親と二人で債権者の肩書地において居住していること、住宅ローンの借入残額が平成一〇年一月の時点において一二〇〇万円以上残っており、この返済に毎月九万円余りを要すること、親族及び友人からの借入金の残額が約二〇〇万円存在し、毎月二万円及び賞与時に五〇万円を返済する約定であることが一応認められる。これらの事情その他本件に顕れた諸般の事情を総合すると、債権者の申立ては、月例賃金につき平成一〇年一月から同年一二月まで毎月一八日(但し、当日が銀行の非営業日に当たるときは直前の営業日)限り六〇万円(但し、月例賃金中、実費補償の趣旨で支給される通勤手当三万五〇〇〇円を除いた六五万三七八〇円の一部。)、また賞与につき、同年六月及び一二月の各末日限り五〇万円の仮払いを求める限度で保全の必要性があると認められる。債権者の申立てのうち右金額を超える部分及び右期間前の分については、保全の必要性について疎明が足りず、右期間以後の分については、現段階では保全の必要性は認められない。また、右のとおり賃金仮払いを認める他に、労働契約上の権利を有する地位を仮に定める必要性は認められない。

第四結論

よって、債権者の申立ては、主文第一項の限度で理由があるから担保を立てさせないで認容し、その余は理由がないので却下することとする。

(裁判官 合田智子)

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